伊藤傳右衛門

伊籐傳右衛門氏は江戸末期の万延元年に生まれ、江戸、明治、大正、昭和に亘り、飯塚市発展に貢献した人物である。
同氏は貝島太助、麻生太吉、安川敬一郎氏ら筑豊炭鉱御三家にも並ぶ炭鉱王の一人でもあるが、明治44年に柳原白蓮を妻に迎える為に新築したのが、現存する旧伊藤傳右衛門邸で、飯塚の観光スポットの一つである。
この邸宅は白蓮の居住を目的とした建物で、敷地面積は約2,300坪、建物延床面積は約300坪の広さを誇る敷地と建物である。
現在の傳右衛門邸は飯塚市に寄贈され、同市が平成18年に有形文化財に、また庭園は同23年に国の名勝にそれぞれ指定され、現在は飯塚市が管理運営を行っている。
同氏と白蓮の物語は、NHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」で全国的に有名になったが、同氏は当時の衆議院議員などを務め、また教育面でも今の福岡県立嘉穂東高校の前身である嘉穂郡立嘉穂技芸女学校、後の嘉穂高等女学校を創設した。
更に飯塚市立幸袋小学校の旧講堂などを寄付し、子供の教育資金援助や奨学金の創設等に尽力し、同氏の素晴らしい人格と人物像に触れる事が出来た。


旧伊藤傳右衛門邸
住 所 〒820-0060 福岡県飯塚市幸袋300番地
電 話 0848-22-9700
休館日 水曜日(祝日は開館)
入館料 高校生以上300円(240円)小中学生100円(80円)
※( )の金額は20名以上の団体料金
※土曜日は高校生以下無料

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飯塚セントラル劇場

エネルギー革命が起こる前の筑豊地区には多くの炭鉱が存在し、その中心であった飯塚市には、多くの娯楽施設が誕生して賑わっていたと、華やかな昔を知る古老は懐かしむ。
かつて飯塚市内には映画館も数多くあったが、多くは営業が成り立たず廃業に追い込まれ、その内の一つを購入した若い経営者が、中を改装して大衆演劇の常設館として、昨年の12月に再出発したのが、吉原町の「飯塚セントラル劇場」(飯塚市吉原町8-48 セントラルビル4F・TEL0948-26-7177)である。
開業一周年を迎える飯塚セントラル劇場では、特別記念公演を11月20日に行う案内状が届いた。
11月は総座長である一条洋子率いる「劇団花月」が出演しているが、20日の記念公演日には、昨年開業して以来舞台に上がった座長が顔を揃え、笑いと人情が凝縮した演技が繰り広げられると、早くも地元では話題になっている。



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南アフリカ共和国・車いすテニス選手団~事前キャンプ地に飯塚市が決定

飯塚市は、2020年・平成32年の東京パラリンピックで、南アフリカ共和国車いすテニス選手団の事前キャンプ地として誘致していたが、先日6月28日同国オリンピック委員会からキャンプ地に内定、また他のスポーツ種目についても協議中との連絡を受けたことを発表した。

飯塚市は平成27年から誘致・支援実行委員会を設立し、南アフリカ共和国車いすテニス協会関係者にアプローチしていたもので、約2年半の努力が実ったことになり、片峰市長をはじめとする関係者は安堵した。

市長も就任直後の4月8日から13日までの6日間、南アフリカ共和国を訪れ、関係者に受け入れ体制が確立していることなどを説明、翌5月には国際テニス連盟公認の「飯塚国際車いすテニス」に南アフリカ共和国の関係者を招致するなど誘致に力を入れていた。

片峰市長は、「やっとスタートラインに立てました。車いすテニスと言えば飯塚と、国内外から認知されるよう、2020年に向けて対応したい」とコメントした。

だが喜んでばかりもいられず、今後の懸案事項として、選手や関係者の宿泊施設の課題が残されている。

これからの飯塚市のために

飯塚市の前市長が、平日の勤務時間帯に賭けマージャンを行い、記者会見席上での発言が問題となって1月末に辞職、2月の市長選挙で新市長が誕生し、新しい飯塚市が動き出したと思っていたら、市民の会が前市長を賭博罪で告訴、「問題をうやむやにせず、解明して欲しい」と、話題になっている。

前市長は既に辞職し社会的制裁を受けたとはいえ、確かにグレーゾーンでの決着といえるだろうが、一方で調査や裁判に要する費用などを考えると、後ろ向きの問題処理だけにマイナス面が大きいような気がする。

飯塚新人音楽コンクールや、飯塚国際車いすテニス大会などのような、飯塚市にとってプラスとなることを積極的に取り入れ、市民が一体となって前向きな方向に転換すれば、活力のある元気な飯塚市を作ることができるのではないだろうか。

マージャン人事

最近の若い人たちの間でマージャンは、趣味のランキングの中ではだいぶ下のほうに疎んじられているようだが、年配の方々にとってはまだまだ上位に食い込んでいる。

前の飯塚市長がマージャンで辞職したのはつい数ヶ月前の出来事だが、福岡市近郊のある町でも、執行部人事でマージャンが巾を利かしているらしく、今度昇格した副町長はマージャン仲間だという。

有能であればまったく問題ないのだが、町をよく知る人物に言わせれば、「マージャン人事」と揶揄するほどだから、そうではないということなのだろう。

飯塚市の二の舞にならないようにしてもらいたいものだ。

飯塚市~どうやって活性化しよう!

今でこそ福岡市は九州で唯一、人口が増え続けている元気都市かもしれないが、明治以降の炭鉱資源が日本の近代化、工業化を支えてきた時代は、飯塚のみならず、筑豊があってこその福岡だった。
博多の料亭を支えていたのは数多くの筑豊炭鉱王だったし、川端商店街や中洲や玉屋百貨店に活気をもたらしたのも石炭であり、飯塚の和菓子は福博の街に溢れていた。

約60年前の三井三池争議に象徴される、エネルギー政策の大転換で、日本全国の炭鉱が閉山、筑豊地区も人口が急激に減少し、様変わりすることになった。
飯塚市は平成18年3月に周辺4町を吸収合併したものの、この60年間では14万人から12万人に人口が減少している。
田川市は昭和30年当時10万人を越えていたが、平成28年6月の推計人口は4万8350人であり、この60年間で半減したことになる。
嘉麻市にいたってはさらに人口減少が著しく、ピークだった昭和25年当時、11万人を越えていたにもかかわらず、平成28年6月の推計人口はわずかに3万8213人で、7万人以上が嘉麻市から出て行った勘定だ。

筑豊地区の各自治体は人口流出をつなぎとめるため、炭鉱跡地を工業団地に造成、税金優遇策を武器に県外からの企業誘致を促進した。
ところが昭和44年に旧国鉄篠栗線でトンネルが開通し、飯塚・博多間が直通になり、また九州縦貫道の開通などで交通の便が良くなると、国内の企業は安い労働力を求めて生産拠点を海外にシフト、ますます筑豊地区には目が向かなくなり、地元の人間が筑豊で職を探すことは厳しくなってきた。

一方、残された飯塚市内はあれだけ賑わっていた商店街も閑古鳥が鳴くシャッター街と化し、しかも時折見かける通行人は高齢者ばかり。
各市町村は活性化対策に頭を痛めているが、今のところ明確なビジョンを持ち合わせていないのが現状だ。

こうした中で新たに誕生した片峰誠飯塚市長には、大きな期待がかけられている。

片峰新飯塚市長~初登庁

2月26日の飯塚市長選挙で初当選した片峰誠氏が、翌27日には早速市役所に登庁、午前中に当選証書を受け取り、就任式、記者会見を行なった。

直ちに業務執行となり、前市長が辞任した後の空白期に、決済事項が滞留していたこともあって、決済を求める市職員が引きも切らない状況となったようだ。

また3月9日からは定例市議会が予定されており、選挙の疲れも取れない状態がまだまだ続きそうで、華奢な体だがさすがに若いときにテニス部で鍛えただけはあって手際の良い仕事ぶりで、市長就任後もこの意気で難題の処理に当られることを期待したい。

住民の希望が市長を変えた!

先日、5日に当開票が行なわれた福津市長選挙は、3期目を目指す現職市長を、新人の元市議、原崎智仁氏(46)が1171票の差で破り、当選した。

現職市長は県議会議員を7期勤め、市長に転じては既に2期を経験していたようだが、比較的楽な選挙が多かったようで、若手有力候補の出現にあわてた現職市長を取り巻くメンバーは、市長選挙に出馬しないよう、かなりの圧力をかけていた模様。

福津市はJR駅前の再開発が成功し、新しい住民が増えていたのも事実で、それだけに旧態依然とした市制に反対を唱えた原崎智仁候補に新住民の票が流れたものと推察される。

一方、飯塚市長選挙は同世代候補が3人並んでいるが、真ん中に位置する60歳のかたみね誠候補は、前職が飯塚市教育長で、永年にわたり教育現場に携わってきただけに、若い多くの教え子がいるのが強みだ。

飯塚市長選挙に望むこと~飯塚をこよなく愛する市民の1人として

職員が勤務している平日の昼間に、賭けマージャンしていたことが発覚、釈明の記者会見での開き直ったようにも聞こえる発言がきっかけとなって、斉藤飯塚市長がついに今月末、辞職することになった。

これで次の市長選挙は、2月19日告示、26日投開票となり、問題は誰が立候補するかという点に絞られているものの、今回の事件、「さすが飯塚」と揶揄する声もあるだけに、立候補者にはそれなりの人物像が求められるのは当たり前だが、さて期待出来るのだろうか。

炭鉱華やかりし頃の飯塚を含む筑豊地区は革新系が強かったものの、石炭から石油へのエネルギー源の移行とともに、革新系の議員や首長は消え去り、勢いも薄れているため、今回の選挙で候補者を立てることはない。

だから、今回の選挙に出馬するのではと噂されているのは保守系の3名。
斉藤氏が過去に3回立候補した際、それぞれ対抗馬として出馬した2人の保守系候補と、もう1人は飯塚市の特別職に就いている人物。
市内各所で取材してみると、どうやら本命はこの特別職氏の模様。

さて、今回の事件を反省材料にして、飯塚の悪しきイメージを払拭できるかどうか、新しい飯塚市長に期待したい。 
写真は3月完成予定の飯塚市役所新庁舎。